2011年06月26日

「MGS3」と「自己犠牲」

人間は群れて生きていく動物だ。
何故人間が群れて生きていく動物なのかは私にはさっぱりわからない。はっきり言って、私は勉強家じゃないし、専門的な知識にも乏しい。
けど、少なくとも群れて生きていく方が生きやすいという事ぐらいわかる。一人じゃこの暑っ苦しい夏をすごすための扇風機を作れっこないし、それを動かすための電力だって確保できない。私が大好きなカードゲームだって、多くのイラストレーターとデベロッパーと販売会社とカードショップのスタッフの方々によって生み出された物だ。
だから、人間は群を作る。やがて、その群そのものが生命体となり、社会あるいは国家となる。まるで、単細胞生物が多細胞生物となるように。
ところが、郡で生きていく内に問題が発生する。人間の命が維持されるためには、人間を構成する幾多の細胞のどこかが壊死していく。これはまだいいだろう(もし、細胞の意志とやらが存在していて、それを感じ取ってしまうとハナシは別だけど)しかし、これを社会に置き換えると、壊死していく細胞にあたるのは人間なのだ。
故に社会を維持するためには、犠牲が必要になる。そして、群れで生きる我々には「自己犠牲」の精神を強いられる。多分、それは社会の中で生きていく上では必要な心構えなのだろう。
Metal Gear Solidシリーズの三作目に当たるMetal Gear Solid 3 Snake Eaterは「自己犠牲」のストーリーなのだと私は思う。
…まぁ、ぶっちゃけたハナシ、MGS3は任務そっちのけの無線がチョー楽しいとも思うけども

言うまでも無く、主人公であるネイキッド・スネーク(後のビッグボス)は、自分の身体の一部でもあるような存在「ザ・ボス(17歳)」を抹殺するという任務を下される。そうしなければ、ソ連とアメリカの全面核戦争にも突入しかねない事態となってしまった。
また、ザ・ボス自身も冷戦に相当翻弄された人生を歩んでいる。産んだ子供を取り上げられ、任務で夫を殺し、アメリカの核実験に参加して被爆し白血病にもなり、宇宙ロケット(ほぼ試作品のようなロケットであり、EVAは自分の棺おけを作らせられているようなものだと言っていた)を作らせられたあげく、そのロケットに乗って打ち上げ失敗で半年近くも昏睡状態にあった。常人ならばアメリカ政府を恨むか、相当人間嫌いになってもおかしくないような人生だ。
それだけじゃない。プレイヤーである我々にもいろいろ面倒事を強いられる。スタミナを維持するために木の実や蛇などを食わなきゃいけないし、敵兵から受けた銃創や切傷などもわざわざメニュー画面を開いて、CUREを選び、治療道具を選んで回復させなきゃいけない。切らしていたら、その分、ライフの回復は悪くなる。はっきり言って、楽しい仕様じゃない。とても面倒なことで嫌なシステムだ。

そんなゲームをプレイさせられる途中、ザ・ボスはプレイヤーである我々に様々な言葉を投げかける。その言葉一つ一つに冷戦に翻弄されてもなお生き続けた彼女の生き様が宿っている。
その生き様は是非プレイして確かめて欲しい。
posted by Fire at 00:26| Comment(2) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ごめん何言ってるかホントによく分からない
Posted by ネオス at 2011年06月26日 12:21
とりあえず「レビューだ」って書かないとまるで意味がわからんぞ!な状態だと思ふんだ
Posted by ホルス萌えISE at 2011年06月29日 16:12
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